黛まどか、茂木健一郎の「俳句脳」を読んで

黛まどか、茂木健一郎の「俳句脳」

時々俳句を作ってみようと挑戦します。たった17文字、言葉を探しているうちに諦めてしまう。俳句脳になっていないようです。

茂木健一郎は、クオリア(「今、ここ」で感じられて、あっと過ぎ去ってしまう感覚)をキーワードに「意識の生まれ」を解き明かす事をライフワークにしているそうです。俳句の17字との対峙は内なるクオリアを引き出し、限られた文字の背後にある世界を探り、限られてない自分を感じることでもあると言っています。

黛まどかの俳句の説明は解りやすい。

■芭蕉の「古池や…」が「古池に…」だったら、単に風景描写で面白くもありません。「や」で切れて、たしかに幽玄閑寂の世界を見いだしています。
■大方の人は、ここで…..一句とはいきません。ひらめきには「弛緩と緊張」が必要と言ってます。つまり、感じたことの言葉を探し、探し続けて、ふっと俳句がひらめくと言っています。ここで一句…と簡単にはいきません。”言葉を探し続ける”と知って安心しました。
■日本人には心に浮かぶ共通の季語がある。だから17音で俳句は成立する。そして、言葉を知ることで見えないものが見えてくる。確かに言葉を知らないと、見えたものも表現するすべがなく、見えないものになってしまいます。

勉強になりました。良く見て感じ、言葉を選び探り、文字の背後にある空間を探り、まずは「切れ」を意識した一句作ってみたいですね。

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