村上春樹の『やがて哀しき外国語』

『やがて哀しき外国語』:村上春樹

1週間に1回、中国語のレッスンを受けている。このところ緊張感がないようだ。レッスンの帰りの電車で、数年前に読んだ村上春樹のエッセイ『やがて哀しき外国語』を思い出した。

このエッセイは、村上春樹が40代だった、1991年の初めから、約2年半にわたってアメリカのニュージャージー州のプリンストンに住んでいた時に書いたもので、このプリンストン時代は「いろんな面で、僕の仕事や人生の展開を少なからず変化させてくれたような気がします。おそらくは好ましい方向。」と言っている。原稿用紙20枚分(約8000字)と、少し長めのエッセイが16編収められている。

そのなかのひとつのエッセイが『やがて哀しき外国語』で、本の題名になっている。以前読んで、鉛筆でマーキングしていた箇所の一部を引用紹介します。

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『やがて哀しき外国語』の「やがて哀しき外国語」

この六年ばかりのあいだ5年近くは日本を離れて外国に住んでいる。つまり外国語を使わなくては生きていけない状況に、自ら選んで身を置いているわけだ。それで今更こんなことを言いだすのも変な話だけど、正直言ってどうも自分は外国語の習得に向いていないんじゃないかと思うようになった。

それぞれに勉強しているときはけっこう楽しんでやったように思うし、その当時は自分は語学にむいているのかもしれないと思っていた。でも今になって振り返って考えてみると、それはどうやら僕の思い違いであったように思う。その「向いてなさ」が自分の中でより顕著になってきたような気がする。最近では「もう駄目だな。これ以上真剣に語学はできない」とあらためて思うようになった。

村上春樹はアメリカ文文学の翻訳家でもある。そんな村上春樹に「語学にむいていない」と言われると、身も蓋もないわけですが、村上春樹なりの本音でしょうか。

最近では「もう駄目だな、これ以上真剣に語学はできないな」とあらためて思うようになった。というか、ー自分の中における外国語習得の優先順位が年月の経過とともにどんどん低下しているのである。その一番の大きな原因はやはり、語学の勉強に割く時間が惜しくなってことこだろう。

ここで、語学というのは、スペイン語やフランス語などの英語以外の外国語を含みます。でも、村上春樹は外国語を学ぶことが好きだったことは間違いありません。

若いうちは時間はいくらでもあるし、未知の言語を習得するのだという熱のようなものがある。そこには、知的好奇心があり、何かを征服してやろうという昂ぶりがある。—–でも四十を越して、この先どれくらい有効年月が自分のために残されているのかというのがいうことがそろそろ気になってくると、—–自分のとってもっと切実に必要な作業があるのではないこという気持ちが先にたってくる。

村上春樹は何段も高いレベルにありますから、「そうですね」などと、はとても言えませんが、語学の勉強に限らず、歳をとってくると、「こんなことに時間を割いてていいのか?」と、思うことはしばしばです。
村上春樹は、自身がそうだったように、若くて、知的好奇心が旺盛なときに、習得すべきは習得すべきと、言っているような気がします。

「もしこの本が何らかのかたちで、あなたの何かの役に立つことができたなら、僕としてはそれに勝る喜びはありません。」と言っています。面白い、それに少しは役に立ちます。夏休みの読書本に加えてください。

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