村上春樹の『風の歌を聴け』を読んで

『風の歌を聴け』:村上春樹

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村上春樹がアメリカのプリンストン滞在時代に書いたエッセイ集『やがて哀しき外国語』の「ロールキャベツを遠く離れて」で、アメリカの学生達の質問に答えて、小説を書こうとしたきっかけを説明しているくだりがある。

29歳のとき、突然小説を書こうと思った。ある春の日、神宮球場で寝ころんでビールを飲んでいて、ヒルトンが二塁打を打ったときに。突然「そうだ、小説を書こうと」と思ったと。野球の試合に特別な要素があったわけではなく、それはきっかけに過ぎなく、太陽の光とか、ビールの味とか、二塁打の飛び方とか、いろんな要素がうまくぴったりあって、それが僕の何かを刺激したんだろうねと。

その小説が村上春樹の処女作『風の歌を聴け』です。

私が『風の歌を聴け』を読んだのは、『ノルウェイの森』、『羊を巡る冒険』、『海辺のカフカ』など数冊を読んだ後です。私は単純にストーリーを楽しむ読者で、印象は、1970年頃の時代背景に懐かしさを感じましたが、他の作品と比べてそんなに面白くないな、デビュー作だからな、でした。

それが、思い出したように『風の歌を聴け』を読み返し、いつのまにか一番再読回数が多い小説になってしまいました。

それなのに「あらすじ」を上手く書けないのです。難しいストーリーではありませんが、私が書くと薄っぺらい「あらすじ」になってしまいます。そうかと言って伝わるようにと書こうとすると引用だらけになってしまいます。

村上春樹の小説の方向と要素を凝縮した基本設計のような小説にも思えます。重ねられたレイヤー、時間軸を持ったレイヤー、異質なレイヤー、共有しない集合の同時進行、問いに対して不連続関数のような落差のある回答、そして、大きく踏み出しも、引きもしない、どこか悟りきったような主人公の僕などと、勝手に難しく読んだりしています。

本の裏表紙の「あらすじ」を引用します。

1970年の夏、海辺の街に帰省した〈僕〉は、友人の〈鼠〉とビールを飲み、開放した女の子と親しくなって、退屈な時を送る。二人それぞれの愛の屈託をさりげなく受けとめてやるうちに、〈僕〉の夏はものうく、ほろ苦く過ぎさっていく。青春の一片を乾いた軽快なタッチで捉えた出色のデビュー作。

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