梶井基次郎の『桜の樹の下には』を読んで

『桜の樹の下には』:梶井基次郎

いま桜は満開です。

私の子供の頃の記憶である。山道に一本の太い山桜の樹があった。満開になったその樹の下を通ったとき、切り取られた静止画のような光景が浮かび、昔見たことがあるという不思議な感じになった。満開の桜は美しい。しかし妖怪の腕のよう垂れ下がった枝に無数の白い桜をつけたあの山桜を見たいとは思わない。

1-8

桜の樹の下には

梶井基次郎の『桜の樹のしたには』、10分くらいで読める散文詩のような短い小説です。何度か読み返したが、”桜の樹の下には屍体が埋まっている!”の空想、比喩を理解することは難しい。

冒頭引用

桜の樹の下には屍体が埋まっている!
 これは信じていいことなんだよ。何故なぜって、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか。俺はあの美しさが信じられないので、この二三日不安だった。しかしいま、やっとわかるときが来た。桜の樹の下には屍体が埋まっている。これは信じていいことだ。

美しさの憂鬱を、腐爛した屍体と平衡させることで、はじめて心が和む。梶井基次郎は結核を患っていた。死期が近づいていることを知っている。”見事な桜”と”樹の下で腐乱した屍体”が作る融合の美の輪廻を空想し、生への絶望を希薄しようとする心象なのでしょうか。

そして最後は

ああ、桜の樹の下には屍体が埋まっている!
 いったいどこから浮かんで来た空想かさっぱり見当のつかない屍体が、いまはまるで桜の樹と一つになって、どんなに頭を振っても離れてゆこうとはしない。
 今こそ俺は、あの桜の樹の下で酒宴をひらいている村人たちと同じ権利で、花見の酒が呑のめそうな気がする。

村人たちと同じ権利で…?,やっぱり難しい。

青空文庫で読めます。

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