半世紀ぶりに井上靖の『あすなろ物語』を読んで

井上靖の『あすなろ物語』

本屋の夏休みの読書本コーナーで、井上靖の『あすなろ物語』を手に取った。高校生の頃読んだ記憶がある。

『あすなろ物語』は井上靖の自伝的な小説でしょう。主人公の梶鮎太の、少年、青年、壮年期までを、6篇の物語にして語っている。それぞれの物語に女性が登場する。6人の全く違うタイプの女性たちとの関わり通して、劣等感、挫折、成長と、心に感受したものを反芻しているような物語です。

井上靖の『星欄干』という詩集があります。晩年の詩集で過去を回想した詩が多く収められています。故郷の天城山麓の小さな村の情景を描いた詩 ”星蘭干”がこの詩集のタイトルになっています。

詩集『星蘭干』の”星蘭干”

—-平成元年一月某日、夕刻、書斎の窓際に立ち、たまたま想いを、己が幼少時代を過ごした伊豆・天城山麓の郷里の村に馳せる。故里の集落は小さい宝石の固まりのようなものになって、果てしなく遠く、静かな、—–たとえて言ってみれば、天体の入口とでもいったような所に置かれている。
夕刻になると、その小さくて、遠い、宝石の村には燈火が入る。点々と、燈火は点って行く。やがて、それに呼応するかのように、その集落の上に大きく拡がっている夕空のあちら、こちらでも、星が、これまた点々と輝き始める。
夜が更けると、わが故里の集落は睡り、それを押し包んでいる夜空には、無数の星がばら撒かれ、光り、輝き、時に墜ち、時に奔っている。郷里の村の星空の、この世ならぬ美しさを、久しぶりに、実にひさしぶりに、心と瞼に描かせて貰う。
“星闌干”なる詞がある。闌干とは、星の光、輝き、乱れ、流れ、飛ぶさまをいうと、辞書には記してある。このような星の乱れ、飛ぶ、烈しい交差の中に、故里の夜空のあの独特の美しさの中に、”平成”の自分を立たせることができる。

自伝的と言えるのは、最初の物語の『深い深い雪の中で』は、井上靖が幼少時代に過ごした天城山麓の小さな村で、祖母りょうとの土蔵生活に、冴子という十九歳の少女が突然やってきて同居するところから始まる。

冴子は生意気で、早熟で、鋭い感覚を持った美しい女性で、女学校を停学になっていた。天城山の雪の中で心中で完結させた愛は、少年鮎太の心に衝撃と、ある種の感銘を刻み残した。

「どこへ行って来たの」
鮎太は小声で、寝床にもぐり込んだ冴子に声をかけた。すると冴子の上半身が鮎太の布団の中に入って来た。そして冴子の顔が、鮎太の耳許にかぶさって来たかと思うと、
「トオイ、トオイ山ノオクデ、フカイ、フカイ雪ニウズモレテ、ツメタイ、ツメタイ雪ニツツマレテ、ネッムテシマウノ、イツカ」
そう言うと、冴子は又自分の寝床の方へ引き上げて行った。そして、
「早く眠んなさい。明朝早いでしょう。起きたら、直ぐ、お砂糖湯を飲めるようにしておいて上げるわよ」
と言った。それは本当の姉のような優しい口調だった。鮎太は生まれてこれまで、これほど愛情深い労わりのある口調の言葉を耳にしたことはなかった。


気がつくと、二人の死体の右手に、杉の木立に混じって、翌檜の老樹が1本だけ生えていた。鮎太はいつか冴子が家の庭にある翌檜の木のことを、

「あすは檜になろう、あすは檜になろうと一生懸命考えている木よ。でも、永久に檜になれないんだって!それであすなろうと言うのよ」

『しろばんば』も読み返せば、もっとこの小説がわかるでしょうね。

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