大人の英作勉強:夏目漱石の『倫敦塔』

夏目漱石の『倫敦塔』で英作の勉強

イギリス出張時には、数回ロンドンを訪れましたが、倫敦塔には行ったことがありません。私は怖がりなので、夏目漱石の『倫敦塔』を読むと、ますます行ってみたいとは思いません。
 夏目漱石は117年前の1900年(明治33年)に、文部省の命令で2年間イギリスに留学していました。精神も肉体も過敏だった夏目漱石にとって、この2年間はかなり苦痛だったようで、『倫敦塔』の冒頭にはその苦悩が正直に書かれています。

—この 響き、 この 群集 の 中 に 二 年 住ん で い たら 吾が 神経 の 繊維 も ついに は 鍋 の 中 の 麩 海苔 の ごとく べとべと に なる だろ う と マクス・ノルダウ の 退化 論 を 今さら の ごとく 大 真理 と 思う 折 さえ あっ た。 しかも 余 は 他 の 日本人 の ごとく 紹介状 を 持っ て 世話 になりに 行く 宛 も なく、 また—–

 夏目漱石は留学した年に、観光で倫敦塔に行っています。その一度だけです。それから4年後の1904年(明治37年)に『倫敦塔』を書いています。”文を草するために遊覧した訳ではないし、かつ年月が経過しているから判然たる景色が眼の前にあらわれにくい、風致景物の描写が今少し精彩ではなかった。”と後書きに述べています。
 しかし、実際に読んでみると、その小説は非常に精彩に満ちたものであり、読者を恐怖に陥れるような怨念に満ちた倫敦塔の中を歩くような感覚を与えます。短いながらも、非常に印象的な作品です。

英作の教材にしたのは、倫敦塔に入る前の冒頭です。

『倫敦塔』原文

この 倫 敦 塔 を 塔 橋 の 上 から テームス 河 を 隔て て 眼 の 前 に 望ん だ とき、 余 は 今 の 人 か はた 古 え の 人 かと 思う まで 我 を 忘れ て 余念 も なく 眺め 入っ た。 冬 の 初め とは いい ながら 物静か な 日 で ある。 空 は 灰汁桶 を 掻き 交ぜ た よう な 色 を し て 低く 塔 の 上 に 垂れ 懸っ て いる。 壁土 を 溶 し 込ん だ よう に 見 ゆる テームス の 流れ は 波 も 立て ず 音 も せ ず 無理矢理 に 動い て いる かと 思わ るる。

帆 懸 舟 が 一隻 塔 の 下 を 行く。 風 なき 河 に 帆 を あやつる の だ から 不規則 な 三角形 の 白き 翼 が いつ までも 同じ 所 に 停っ て いる よう で ある。 伝馬 の 大きい のが 二 艘 上っ て 来る。 ただ 一人 の 船頭 が 艫 に 立っ て 艪 を 漕ぐ、 これ も ほとんど 動か ない。 塔 橋 の 欄干 の あたり には 白き 影 が ちらちら する、 大方 鴎 で あろ う。

見渡し た ところ すべて の 物 が 静か で ある。 物憂 げ に 見える、 眠っ て いる、 皆 過去 の 感じ で ある。 そうして その 中 に 冷然 と 二十世紀 を 軽蔑 する ように立っているのが倫敦塔である。

私の翻訳

 When I stand on Tower Bridge and gaze across the Thames at the Tower of London, I become lost in the moment, unsure if I am living in the present or the past. Despite the onset of winter, the day is tranquil. The sky, a greyish hue reminiscent of ash water, hangs low over the London Tower. The Thames flows silently, like dissolving wall mud, as if being propelled by an unseen force.
 One yacht passes under the Tower Bridge, its white sail resembling an irregular triangular shape that appears to have been stationary for some time, as if navigating a windless river. Two large canal boats approach, rowed by a single boatman standing at the rear of each vessel. These too seem to be motionless. White shadows flit around the Tower Bridge railing, perhaps seagulls.
 The surroundings are quiet, languid, and imbued with an atmosphere of the past. The Tower of London stands silently, as if observing the 20th century from above.

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