力が入った堀江貴文の『すべての教育は「洗脳」である』

堀江貴文の『すべての教育は「洗脳」である』

『すべての教育は「洗脳」である』は、買ってまで読もうと思わないタイトルだったんですが、本の後半を立ち読みして買ってしまった。堀江貴文の本は何冊か読んでいるが、この本には情熱がある。

同じような本を読んだことがある。それは又吉直樹の『夜を乗り越える』です。本の内容に共有するところはないが、両者とも”口から唾が飛ばすように”、若者に訴えている。堀江貴文は「ブレーキとなっている古い洗脳から解き放され、自分のアクセルを踏み”新しい知の開拓に踏み出せ”」、又吉直樹は「読書、文学小説を読むこと」と訴えている。

私は老人ですが、この本を読んで、自分に張り付いている過去を引きずった古いタグを新しいタグに張り替えて、残りの人生を生きれたら良いなと思い始めている。

『すべての教育は「洗脳」である』

本書の「はじめに」から一部引用する。

—日本には僕のような「我慢しない人」を軽蔑する文化がある。\
そして「我慢強い人」を褒め称える文化がある。\
どんなに不満があっても、どんなに理不尽な状況に置かれても、それを耐え忍ぶことを美徳し、耐えしのいだ先にこそ「成功」が待っているかのような言説がまかり通っている。ほとんどマインドコントールに近い不条理なこの呪いが、この国全体を覆っている。\
その原因は何か?\
学校なのである。

(注:我慢と努力は違う)

第1章の「学校は国策「洗脳機関」である」から始まるが、目次で示している通り、”教育は洗脳”だけを述べた本ではなく、国境、人種、場所を選ばず情報を共有、発信できる世界で「グローバル」に生きるか、変化を嫌って既存のレールに乗って「ローカル」に生きるのか、学びの本質とは何か、似たような能力の人間は山ほどいる希少価値を目指せ、そして会社は簡単に辞められる、と著者が熱く語っている。

目次

  • はじめに:「何かしたい」けど「今はできな」人…\
  • 第1章:学校は国策「洗脳機関」である\
  • 第2章:G人材とL人材\
  • 第3章:学びとは「没頭」である\
  • 第4章:三つの「タグ」で自分の価値を上げよ!
  • 第5章:会社はいますぐ辞められる
  • おわりに

そして、本書の締めくくりは、

–古い洗脳から解き放された時、あなたはようやく、自分のアクセルの威力を知るはずだ。自分の力を全て解放して生きることの喜びを、満足感を、ぜひ味わってほしい。本書がその助けになることを、僕は願っている。

さっと一読して、また数ヶ月後、一年後でも読み直してみる。そんな価値がある一冊です。

『すべての教育は「洗脳」である』
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