老人の回顧録:リーマンショックとメロンパン

メロンパンの話(2008年12月)

コンビニでメロンパンと紅茶を買ってきた。隅田川沿いの日だまりのベンチに座りメロンパンにかぶりついたら、あの二人のことを思い出した。あの人たちは元気かな?

リーマン・ショックがあった2008年の12月末のことである。外資に勤めていた私は、12月の決算が迫り、8時間時差があるヨーロッパ本社との連絡などで、連日遅くまで仕事をしていた。
11時頃に仕事を終えてアシスタントの女性と一緒に最寄り駅の青山一丁目駅から銀座線に乗った。新橋で電車のドアが開くと、お酒が入ったサラリーマンがどっとなだれ込んできた。二人の男性が私たちの席の前に立った。見上げると、私と同年代のサラリーマンだった。

つり革を両手で持って、体をふらふらさせながら二人は話し始めた。
左に立っていた雰囲気が俳優の佐藤二郎のようなAが、
「やってられないよー、これじゃ過労死するよ」と言うと、
右側の俳優の田中要次のような雰囲気のBが、
「そうだな、辞めた人の仕事を全部できるわけないよ」
「名ばかりの管理職で、それで責任とれだろ」と答えた。

団塊の世代にはつらいリーマンショックだった。多くの人が肩を押されて会社を去った。どうやら二人の会社でも多くの同僚がリストラされ、辞めた人の仕事を押し付けられているらしい。

「俺も会社を辞めようと思っている」とAが言った。
Bは驚いた顔をして、
「辞めても仕事はないよ、どうすんるんだ」
「家にいるさ、庭でもいじって」と、Aはさらっと答えた。
「まだ年金もらえないよ、それまでどうするんだ」とBが言うと、
「お金なくてもいいよ、俺は100円のメロンパンがあればいいから」と、Aは車窓に映る自分の顔を見ながら言った。
「メロンパン! メロンパンだけか、たまには焼肉も食べたいだろう」とBは呆れ顔で言った。
「それはたまには焼肉も食べるさ」と、Aは笑いながら答えた。

となりに座っていたアシスタントは、下を向いて笑いをかみ殺している。電車が日本橋に着いて、私とアシスタントが席を立った。私たちの空いた席に座った二人の会話が背後に聞こえた。

「お前はが辞めたら俺は一人でどうするんだ」
「お前もメロンパン好きだろう」

あの二人もメロンパン食べているかな?と懐かしい。不思議にも、私は二人の顔をいまでも記憶している。他人事ではない団塊の悲哀を感じたからでしょうか。

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