円覚寺と川端康成の『千羽鶴』
三連休の中日、今年初めての北鎌倉、そして円覚寺が初詣になりました。今頃は雪の成人式もあったのに、今日は常になく暖かい、それに日差しが強い。妻に北国の子供のように厚着させられた私の下着は汗で濡れている。円覚寺、仏日庵の辛夷は膨らみ始めている。
円覚寺には、川端康成、大佛次郎、夏目漱石、石川啄木などの多くの作家が逗留、参禅に訪れ、作品にも円覚寺が描かれています。そんななかで、川端康成の『千羽鶴』は北鎌倉が舞台になっていて、冒頭は…
鎌倉円覚寺の境内にはいってからも、菊治は茶会へ行こうかとと迷っていた。時間には遅れていた。
円覚寺の奥の茶室で、栗本ちか子の会があるたびに、菊治は案内を受けていたが、父の死後一度も来たことがなかった。亡父への義理の案内にすぎまいと見捨てていた。
ところが今度の案内状には、弟子のひとりの令嬢を見てほしいと書き添えてあった。
これを読んだ時に、菊治はちか子の大きなあざを思い出した。
茶道家だった亡父の愛人二人、ちか子、亡父の弟子で左の乳房の半分にかかるほどのあざがある。太田未亡人、亡父の茶道友達の妻、友達が亡くなってから亡父と愛人関係になる。そして二人の令嬢、お見合いの相手で千羽鶴の風呂敷を持っていた稲村令嬢、太田未亡人の令嬢文子。主人公の菊治とこの四人の女性との関わり、関係を描いた小説です。
優しさとエゴイズム、品格と妖艶、貞節と不倫、知性と禁断、相反するものを隠し持つ男と女の関係に不道徳なものはない。そんなことなのかな…と、川端康成をあまり読んだことがない私には底がどこなのかわかりません。でも、年若い女性を偏愛し、美しく描く川端康成でしょうか。
令嬢が二人うしろから急いで来た。
菊治は道をゆずるように立ち止まって、
「栗本さんのお茶席は、この路の奥でしょうか」とたずねてみた。
「はあ」と二人の令嬢は同時に答えた。
——
桃色のちりめんに白の千羽鶴の風呂敷を持った令嬢は美しかった。二人の令嬢が茶室へ入る前に足袋をはきかえている時、菊治来た。
小説の舞台になった日仏庵の茶室です。
茶室としてはむろん明る過ぎるのだが、それが令嬢の若さを輝かせた。娘らしい赤い袱紗も甘い感じではなく、みずみずしい感じだった。令嬢の手が赤い花を咲かせるようだった。令嬢のまわりには白く小さい千羽鶴が立ち舞っていそうに思えた。
太田未亡人は織部の茶碗を掌に入れて、
「この黒に青いお茶は、春の緑が萌え出たようでございますね」と言ったが、亡父の所持であったとはさすがに口を出さなかった。
小説の題は『千羽鶴』であるが、物語の女性は千羽鶴の風呂敷の令嬢でななく、太田未亡人の令嬢である。
夕風が若葉に伝わって来るのに、菊治は帽子を脱ぎながら、ゆっくり歩いた。
山門の陰に太田夫人が立っているのが、遠くから見えた。
ーーー
しかし、菊治は山門の方へ歩いていった。すこし頬がこわばっているようだった。
未亡人が菊治を見つけて、逆に近寄って来た。頬を染めていた。
主人公の菊治は20代です。この物語には、老人と少女ほどの年の差の禁断の秘密が隠されているのでは….
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