ずいぶん前のことです。新潟に出張した帰り、ホームの売店で目についた川端康成の『雪国』を買って新幹線に飛び乗った。文学小説など縁のない生活をしていた。数ページ読むと、主人公の島村が、斜め前の席に座っている娘が列車の窓に映る描写か書かれている。二重写しの映画のように見える娘と背景の夕闇、その文章は実際の映像を見るよりもはっきりと頭に描かれる。小説家は上手いなー、と感心していた。
『感覚表現辞典』:中村明
『感覚表現辞典』は「光陰」、「色彩」、「動き」、「状態」、「音声」、「音響」、「嗅覚」、「味覚」、「触覚」、「痛痒」、「湿度」、「温度」、「感覚的把握」に分類して、、名だたる小説家の小説から関連表現を抜き出した用例辞典です。小説家が自分のイメージに近づけよう表現に工夫を重ねた4642の用例が掲載されている。文章な上手な人ほど活用できでしょう。
どのような性格の用例なのか、解説の冒頭の一部を引用します。
この本の性格
日が傾くにつれて微妙に変化する海の色、外敵を威嚇し、雷鳴に怯え、散歩や餌をせがみ、あるいは飼い主に甘える犬の幾種類かの吠え声、ぜひとも家族に伝えたいあの忘れられない料理や、せせらぎの聞こえる林の奥の新鮮な空気の匂い、医者の前で何とか正確に訴え体の痛みの特徴・・・・・
私たちはそういう感覚をうまく言葉で言い表せずに落ち着かない思いをする。
色ひとつにしても、脳裏に描く色彩とそれを表そうとする言葉をぴたりと合わせるのは難しい。おおざっぱに言って「桃色」は「ピンク」なのだろうが、一口に「ピンク」と言っても微妙に違う何種類ものピンクがある。
・・・中略・・・
しかし、色彩感覚の鋭敏な人にはどこまでも細分化して既成の色名では満足できない人がケースが多く、自分のイメージに近づけようと表現に工夫を重ねる。この本には、色彩語に実例が多数収めらている。「牛乳のような色の寒い夕もや」・・・「谷間をおおう空は涙ぐましいあざやかな淡青に晴れて」・・・「冷たい蛋白いろの雲が沈痛な光を含んで乱れている空」と言った表現が、お有島武郎、柴田翔、井深鱒二、幸田文、井上靖、大江健三郎、小林多喜二、三島由紀夫らの作品名とともに文脈つきで並んでいる。
ここでは一例として色彩の部を取り上げたが、視覚、聴覚、臭覚、味覚、触覚といった多くの感覚系統にわたり、このような多彩な実例を一定の基準で分類・整理したのが、本書の主要な内容である。
用例は例えば、
光のあるものは水底にまで届き、あるものは反射して無機的な白色の壁に意味のない奇妙な紋様を描いていた。〔村上春樹=プールサイド〕
その時、一瞬の強風が木立を揺り動かし、川辺に沈殿していた蛍たちをまきあげた。光は波しぶきのように二人に降り注いだ。〔宮本輝=蛍川〕
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感覚表現辞典 [ 中村明(1935-) ] |